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「THE NATURAL GEOGRAPHY OF PLANTS」植物地理学の基礎となる書籍を読む

目次

はじめに

この記事は、社会人を経験したのち日本の自然を学ぶため大学生になったわたしが研究室のゼミで発表したレジュメである。卒論を書く前の訓練の一環であり、「THE NATURAL GEOGRAPHY OF PLANTS.」という書籍からひとつの章をピックアップし紹介したゼミだった。書いたレジュメの文章は酷いものだが、一定の努力は垣間見える。恥をしのんで、記録として公開することにした。当時、辛抱強く私を指導してくれた故沖津進教授、百原新教授に今でも深く感謝している。

2012年1月25日 英文講読ゼミ資料

参考文献:Greason.H.A.&A.Cronqiust.(1964) Some Consideration of Seed Production
THE NATURAL GEOGRAPHY OF PLANTS. New York:Columbia Univ. Press.

要旨

植物地理学は植物学から分科した学問であり、植物地理学を理解するためにはその他の植物学(植物生理学、植物形態学、植物系統学など)の基礎的知識が必要である。

この書籍前半の各12章は植物地理学の基礎を成す事柄の記録と考察である。植物の分布に関係する事柄が理解できるように構成され書かれている。最初に、現在の植物分布は植物の移動による結果であることが定義づけられた。植物の移動手段である種子は種によって散布型に様々な戦略があった。分布が連続しないでパッチ状になっている場合、その境界線は環境変化を示していること、植物は常に生育適地を求めて移動していることが示唆された。そして、植物の移動は種子に依存していることから、本ゼミでは種子生産のより詳しい事例を考察する。

植物は種の存続と移動を、種子生産に大きく依存している。そのため、植物地理学の基礎として種子生産に関する知識は重要である。

種子生産の一般原則には、二つある。ひとつはどんな状況下でも植物は種子を生産し、その生産量は生育地が制限すること。そしてもうひとつは、種の存続という側面である。最低でも単一の種子が発芽し、実生が成熟へと成長することで種は存続することができる。これらの種子生産の一般原則は、なんらかの理由で環境が悪化し、環境が改善されなかった場合にはその通りにならない。

種子生産力

 種子生産力についての一般原則は、どんな状況下でも植物は種子を生産し、その生産量は生育地が制限することである。例えば、著者はpennyroyal(Hedeoma hispida)が生育不適地と思われる岩の上のひとつまみの土で生育しているのを発見する。

それは、水不足により枯れていたが、花を咲かせ種子を生産していた。また、耕作作物のトウモロコシは、Iowa州ではその生育が適しているため、生産量は1acreあたり約3600Lの生産量である。

しかし、生育に適さないアメリカにおける他の地域では、その生産量は1/3になることもあれば、全く生産できない場所もある。これは自然植生でも同じであり、南西砂漠の一年生植物にとって水分供給は生産力を制限する重要な要因である。乾燥した年には、わずかな種子生産しか行われないが、年平均雨量を超える年には生産量は多くなることが観察されている。

種の存続

 生産された種子のなかで、最低でもひとつの種子が発芽し、その実生が成熟へと成長することで種は存続することができる。

植物の生育地が、植物にとって好適な環境であった場合に、種子を多産する種は多く確認されている。例えば、tumbleweed(Amaranthus albus)は、一個体からの種子総数は300万粒を超えた。もしも、その種子がすべて成長して各個体から同数の種子が生産され、またすべてが成長に成功したと仮定すると、いずれtumbleweedは、アメリカ全土を覆うことになる。

しかし、実際には種子の多くは昆虫や他の動物により食べられこと、落下地点が発芽もしくは成長不適地であること、種子が発芽前に腐ることなどにより多くの種子が淘汰される。

種子のうち数個が、運良く発芽できたとしても、実生は弱いため周囲の植物や兄弟との競争に負けて枯れてしまう。しかし、たったひとつの種子が成長することができるならば、種は存続することが可能になる。

また、別の観察例では、May apple(Podophyllum peltatum)群集をとりあげる。20から30本の個体が密集して生育していた。そのため、生産された果実は腐っていた。

群集の密度が高すぎることによる競争の結果、その次の年には群集はたった二本の個体だけ生き残り、そして3年目にはたった1本になってしまった。その1本は種子をひとつだけ残した。この最後の観察例からわかることは、もしもこの種子が発芽し成長することができたとしても、種の存続は達成されたが、植物の分布としては退却を表しているとも考察できる

後に続く章では、この標準の種子生産の原則が環境悪化によりその通りにならなかった場合、植物の分布はどのような影響を受けるのか、移動した先の生育地が植物にとって不適地であった場合に、植物はどのように分布を前進、もしくは後退させているのかについてより考察している。

おわりに

日本の自然を学ぶため大学生になり、学部3年生だった30歳の私が、研究室のゼミで発表したレジュメを紹介した。いかがだろうか。植物地理学という学問がとても興味深く、卒論も植物地理学にしようと決めたのは、上記のような良質な書籍や論文に触れる機会をたくさん与えられていたからかもしれない。

ぜひ、興味のある方は実際に書籍を手にとってみてほしい。

Amazonのリンクを貼っておきます。

卒論は、富士山の樹木限界をテーマにしました。

本文を抜粋して引用(ほぼ直訳)

ひとまとまりの種子のあつまりだけを生じる植物の種はたくさんある。

私達の国では、たいていそうゆう植物は一年生植物;それらは、ひとつのシーズンだけ生きる、そして種子が熟した後ちょうど枯れる、もしくは霜害でやられるまで種子をつけ続ける。

耕作地帯と植栽地の雑草の多くは一年生植物。

 1 もちろん多年生植物もある。そして、それらのいくつかはひどく有害。キク科ミヤマコウゾリナ属やフランスギクは牧草地に群生する。

実際、植物は一年目に花を咲かせ種子により簡単に広がらない限りは雑草として成功することはほとんどない。ネイティブの一年生植物は、東部諸州=”the touch-me-not”(Fig3-8)

しかし、それらは、そこで成長する植物全体のほんの少しの部分だけを構成する。一年生植物の比率は増えている、より乾燥した気候のエリアに西へ移動し、そして南西砂漠でその最大は達している。私達の植物のほんの一部、空き地や道端や主にいくつかの外国での雑草の大部分は、2年生、花盛り、そしてその2年の間に種子が熟しそして乾燥している。

 2 他の国では、多年生植物(たったひとつの種子群をつける)のさまざまな種類がある。南アジアではキツネマゴ科の多年草の多くの種は何年も生きる木質の茎をつける。一斉に花を咲かせ、種子が実り、そして枯れる。アジアの美しいタリポットヤシは大きいサイズにそしてかなりの樹齢に達する、花を咲かせずに、しかし結局は巨大な花の房をいくつもつけ、果実が熟し、そして枯れる。私達がたいてい見覚えがあるのは、アオノリュウゼツラン、何年ものあいだ(しかしまさか100年ほどではない)、栄養を制限し、大きい葉の基部のかたまりに蓄えている。それから、高い花の咲いている茎を出し、その種子が熟し、そして、枯れる。

良く知られたバーバスカム、モウズイカ、ヨーロッパ産はこのタイプのよく知られた植物。

世界じゅう至るところの多雨、もしくは湿潤気候で有名な植物の大多数は多年生植物、すべての地域で森林が優占している。それらの大多数、壮年期に達したのち、壮年期に達するには多年数必要かもしれない、生きている限り毎年もしくはほぼ毎年種子生産する。

各年たったひとくみの花をつける植物もまた多い。たとえば、ユリ科エンレイソウ属、サンギナリア、カナダカンアオイ、ポドフィルム。くりかえすが、各植物によってつくられる種子の数には限度がある。これらの植物すべては多年生植物。これらの全生活史の間じゅう、事実かなりの種子の数を生産する。それにもかかわらず、注目すべき点は、これらの植物の花の大部分、たくさん花のついたたくさんの他の種類と同じように、種子が熟さない。みんな、わかっている、りんごの木の花の巨大な総数の大部分は果実が熟さない。そして、一般的にはそれらの集まりの産出量は、上がったり下がったり変動する。季節のひとつから他の季節へ。それは野生の植物でも同じ。多くの花が果実をつくらない、適した季節でさえ。そして乏しい季節に、花のさらに小さい一部は熟す。

この状態は一年生植物の真実ではない。まさに生存は決まった種子生産次第である。

 3 ある人は、こう推測するかもしれない、一年生植物の生存の継続は各年の種子生産にすっかり頼っていると。しかし、これはそのケースを強調しすぎている。一定の年での種子生産の大部分は、普通は次の年に芽を出す。しかし、たくさんの種でそれらのいくつかはいかに成長のための状態がよくても休眠したまま残る。これらは、芽をだす、次第に、数年の期間にわたって、より少ない数。ガーデナーの格言「1年の種まきは7年の草刈り」は実際堅実な根拠。

そして、しばしば驚くべきことにそれらは実際にはいつも種子を生産している、不向きな状況下でさえ。シソ科ハッカ属の種子はやっとひとつの春に発芽した。たいらな岩の上のひとつまみの土で。6月の早い時期までに私はみつけた、全高が7mm(あなたの鉛筆は直径約8mm)で、水の不足によりもがいて枯れているのを。にもかかわらず、それは忠実に産出した、最後に残った行動、2くみの花と熟した8つの種子を。

比較的小さな種子生産をもつこれらの植物から多数生産する植物へ、私たちはみつけられる、植物に対するすべての変化を、もし好ましい状況ならば。クルミ科クルミ属もしくはクルミ科ペカン属での毎年の生産は、何百もの数になるかもしれない;ヨーロッパカエデでは何千にも及び、おおきなハヒロハコヤナギではたぶん100万台にも。雑草は良く知られている、種子生産の成功を。ひとつの大きな植物(tumbleweed;枯れると根から折れて風に吹き散らされる砂漠地帯のヒユ科の雑草)をイリノイ大学の研究室に持ってきた。そして、種子が熟しすべて落ちるまでずっと乾燥させた。数は、全生産量のカウントと多数の計量をした。総数は300万を超えた。この非常に多くの数はひょっとしたらいくつかのラン科を超える。ランは種子が非常に小さく、サイズも小さい。

植物の多産性、多い種子のideaはとっても多い。私たちは理解することがより難しいとわかるかもしれない次の新しい考えに行きたい。

ほとんどどの植生の自然な場所では、植物lifeの大部分のトータルは生育地が支援できるほど大きくなる。これは、はじめのうちは信じられないかもしれない、しかしそれにもかかわらず、それは真実である。いくらかの容易に理解できる例外を条件として。裸地は自然の力によってかたちづくられているかもしれない。たとえば、なだれは、山腹のすべての植生を破壊し、それか、竜巻は森林のすべての樹木を壊す、または洪水は川岸に沿ってシルトだけの堆積物を形成する。そのような地域が裸地で残っているのは短い時間だけ。植物の移入はすぐに始まる。そして、しかるべき時には最大限の植物の被覆が再び定着する。

私達がもっとも簡単に見たり、正しく理解できる、私達の耕作作物での最大に普及しているこの原理。アイオワでは、cornに非常に順応した土壌や気候・風土、農民は収穫するかもしれない、各エーカーから100ブッシェル(ブッシェル=約35-36L)だが一方、国の他の地域では、産出はたった1/3になるかもしれない、もしくはcornの成長の成功は不可能かもしれない。Cornは粒だけの収穫である。茎と葉は含めない。しかし同じ条件は干し草についてはあてはまる。干し草には収穫される全体の植物被覆のほとんど。それは、良いことから貧弱なことまで変わる、そして作物の合計、いかに良いか貧しくても全収穫物はその状況下でできるベストを尽くす。

私たちはしばしば読みました、いわゆる限界耕作地(環境は一貫した農作物の耕作の成功を許さない)について。それらのうちのいくつかは、エキスパートは農業放棄とその土地とその地の森林再生をアドバイスしている、アメリカの北部境界に沿って。草本分布の回復、そして牛の飼育、私達の西部の州の中でのように。あるいは畑作から酪農へ変わった。東部の州の一部のように。これらの状況では、環境の特定の特徴―生産力の限界を設定する環境-は、温度・成長季節の長さ、利用できる水分量あるいは土の特性。これらは、環境の他の特徴と同じようにさらに限度を設定する。自然植生の生産性を。私達の南西砂漠では、例えば、短命の一年生植物は非常に多数のところで、統制要因は第一に水分供給。乾燥した年では、比較的わずかな種子はうまく成長することができ、そして一年生植物の生産高は制限される。平均雨量を超えた年では、たいていの一年生植物は成長でき、また砂漠は花の大きなディスプレイでにぎやか。

東部森林では、林床の草本の生産力を定める2つの重要な限定因子(水と光)がある。樹木は普通形作る、頭上に切れずに続いた林冠を。そして最大限の光を受け取る。下の地面においては、光の総量は大幅に減少され、草本と低木は成長できる、光が利用可能である程度まで。すべての東部人は自分のために、森林の路端に沿ってか少し伐採されたスポットで突然現われた密集した低木・草本をみつけられる。さらに樹木はたいてい表面上肥料を食う植物、そしてそれらの根は土壌層から水を吸いつくし、草本や低木のために残されるのは少し。エール大学のToumey教授は森林土壌間の小さい範囲を離した。しかし、木を除いて、狭いトレンチを掘ることのシンプルな方法によって、そして再びそれを詰めた。これはすべての樹木の根をカットした、そのエリアに入っている、隣の木から。そして、それらの水競争から草本植物を解放した。すぐに草本植物の総計に並はずれた増加があった。

この総論はすべての自然エリアで最大限で真実である、しかしそれは読む人によるすこしの熟慮を受けるに値する(要求するかもしれない)ことを。彼はその真実を確信するや否や、彼は正しく理解することができるでしょう、私達の次の一般原則を、単一の種子の発芽成功と成熟への成長(各個々の植物によるひとつの実生の)は、そのオリジナルの数の中で植物の種を維持するのに十分である。

 4 ほとんどの植物、哺乳類と違い、同じ個体に両方の性別を持つ。あまり深刻でない原則の修正として、雌雄異株の植物も含む。

もし二つの実生が充分成熟へと成長するなら、個体の数は各世代で2倍になるでしょう。そして比較的わずかな年数で他の植物の余地が全くなくなる。もし、親株が長寿命の多年生植物で種子を、かなりの年数に達するまで生産しない(oakのように)場合でも結果は同じでしょう。しかしより多くの年はそれに達するのに必要である。再び、もし生活史の間中植物によって生産された多数の種子すべてが成長に成功したなら、同じ結果は、短い時間で達成されるだろう。小さなアネモネ、以前に言及された、1年あたり約10粒の種子を生産すること、3年の間に1000の子孫、6年の間に100万の、9年で10億、子孫を持つだろう。ほとんど、たしかに国全体に10億の植物が存在することはない、またなかった。Tumbleweed(ヒユ科の雑草)は、300万粒の種子を生産し、1平方ヤードの土地を占有した。もしすべての植物が同じサイズに成長したとしたら、その子孫は次の年300万平方ヤードを占有するだろう、もしくは約1平方マイル、そして3年目tumbleweedはアメリカ全土を覆うだろう。そのような概念は、もちろん不合理である、しかし、種子の大きな超過は規則正しく植物によって生産されているという真実を強調する役目をしている。

各植物から、たった1組の種子だけの運命なので平均して成熟へ成長すること、それは種子の運次第であり非常に不安定であることは明らかである。多くは昆虫や他の動物達によって食べられる。落下地点の多くは発芽不可能である。多くは発芽前に腐る。それにもかかわらず、たいていの植物の種類については、はるかに多くの種子が、実際に必要とされているひとつのそれより、発芽しそして実生として地面の上に現れる。さらに生存を継続するためにあがく。小さい植物の多くは、水か光の不足のために枯れる、より大きくより強いもう定着している植物、もしくは2,3日のスタートを得ているそれらの兄弟と競いあって。落下した多くが病気のえじきになるか、動物によって食べられるか、そして最後に若い植物の全作物は減少する、ひとつの成熟した個体に。

 5 この言明はいつも状態を平均にすることに関係がある。ミヤマコウゾリナ属(東部牧草地そして路端で厄介なものになっている)は増えている、その数は複利の良い割合でその数をますます増加させていることは完全に明白。しかし、その新しいコロニーはスペースを占める、そのスペースは本来は違う植物によって占められるだろうものだった、それゆえにその植物は減少している。一方は他方を埋め合わせるという一般原則は完全な真実としてとどまる。

シュガーメープルの森で観察されることは、この原理を説明するためのいくつかの目立つ姿を産出している。シュガーメープルは種子を生じる、豊富にそしてみたところ毎年のようだ。そしてその実生は森林で100万まで現われる。フェアに見積もって、実際の勘定に基づくなら、林床毎平方フィートに約10の実生がある。もし成熟した木は、350年生きると仮定すると、この姿がおおよそ正しい場合、約400平方フィート占めるため、約4000本の稚樹が毎年その下に跳ね上がる、そしてそれらのうちの1400000ほども多くのその全生涯の間じゅう。どれくらいの種子が発芽に失敗したか推測する必要はない。これらの実生の、大多数は1年目の間か終わりに枯れ、たった70000が2年目の間持続する。1400は10歳になるまで生きる、35は背の高い細長い若木に成長する-密な陰によって成長を止める-、そしてやっと直径1インチを超えるまでになった約50歳のときに枯れる。2つは150-200年に到達する、そして高さは60-80フィート、そしてこれらのひとつは森のベテランになる。

同じ一般原則の多少の違いを明らかにすることは、一般のmay-apple による東部中央部諸州の何百の植林地で説明される。植物は地下茎を枝分かれさせることによって広がる、また姿はコロニーに群がり、一般的な形状は円形である。縁の植物はより若く、たいていは1組の葉をつける、だが一方少なくともそれらのセンターの方では二組の葉をつけ、そして大きな白い花を5月につける。これらの群落の相対的なカタチと他のよく似たパッチからこれらが孤立していることは、地下茎によって成長したこどもたちであることを指し示している、何年か前にその土地で一組の実生が確立した。そのコロニーがどのくらい長く生きるか、もしくはその最終の消滅を引き起こすかもしれないものを誰も知らない。春の植林地の調査はときどき、少しの若い木がもしすべてうまくいけば、コロニーを生みだすことを示す、しかし、そんな実生はレア。繁殖と永続は、ほとんどもっぱら植物の成長によって続けられる。しかし、各コロニーの確立、そしてその結果植物のひとつの場所から他の場所への移動は種子による生殖作用次第に違いない。

1953年に私は訪れた、1エーカーあるいは二つの植林地、may-appleのたくさんの健康なコロニーをもつ。直径は10フィート未満。注意深い探索は明らかにした、たった二つの実生グループ、とても接近して共に成長している20-30の小さい植物、そしてそれによりmay-appleの果実はその場所で腐っていた。その年の終わりに、すべてあるいはすべてに近いこれらの小さな植物はまだ生きていた。しかし、群がりすぎていることによる競争の結果をはっきりと示している。次の年、各木立ちは二つの植物へ縮小していた。そして、3年目にはたった1本だけになった。たったひとくみの種子が生き残った。

今、私達がしたことをよく考える。最初に私達は並はずれた植物の移動することに関しての能力のアイデアを構築した。私達はそれをしたとき、私達は紹介した、弁明の言明を-たいていの種子は遠くより親株の近くで休眠するという、そして移動にはしばしばとても時間がかかる。植物がまったく成長できないところがたくさんあると私達はそのときに言った、向こうへまさに移動する考えでさえ!最後に、たったひとつの種子だけの成功した移動に制限している、平均上、各植物から。注目すべきことはすべてそれらのアイデアが真実であるということ。ひとつだけ誤って解釈になることは、ひとつの成功した種子が各植物からの最後のひとつ。 読者は-とみなすべきでない、それを固定した数学の式として。たくさんの短期的な例外と一緒に一般原理を受け入れる。実際に、今、次の二つの章にすすむことになるだろう。もしこの平均が到達されなかったとしたらあるいは超えたとしたら何が起こるのかみるために。

訳:侑果里
Greason.H.A.&A.Cronqiust.(1964) Some Consideration of Seed Production
THE NATURAL GEOGRAPHY OF PLANTS. New York:Columbia Univ. Press.

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