日本列島の地形と地質のなりたち

立岩 © 京丹後市 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/

日本がどんな国かを知るアプローチは文化、歴史、自然など多様である。
今回はタイトルのとおり、列島の歴史という観点で書こうと思う。
まず概略を知りたい方は下記記事を参照されたい。

目次

日本列島の誕生

日本列島のはじまりからみてみよう。

日本列島の誕生は、地球を覆っている何枚ものプレートがたがいにぶつかりあった結果だと考えられている。そして何億年も前にぶつかりあったプレートの本体は、すでにほかのプレートの下に沈み込んで、その姿を消している。また昔には無かった新しいプレートが誕生し、それが現在の日本付近の海溝に沈み込んでることもある。現在は十数枚の大小のプレートによって地球がおおわれていて、古いものは1億数千万年前に誕生したものから、誕生してまだ間もないものまである。

現在の日本列島の地形をつくるのに大きな役割をはたしている太平洋プレートは、今から1億8000万年ほど前に、南米に近い東太平洋で誕生したと考えられている。そこから日本付近に達するためには、1万2000キロもの距離があるため、1年に10㌢ずつ動いたとしても、1億2000万年もかかってしまう。

太平洋プレートより2時代ほど前の古いプレートの動きによって、プレートの上にあったはるか南方の海山やサンゴ礁、古い陸地のかけらなどが運ばれてきた。ところがそれらは海溝の部分で沈み込めず、できかけたアジア大陸のふちに、北から南に長々とくっついた。

このように沈み込めずに陸地のふちにくっついたものを「付加体」というが、日本列島はこの付加体がもとになってできたと考えられている。それが現在の太平洋プレートやフィリピン海プレートの動きによって、火成活動が活発になったり、山が地殻の隆起の結果高くなったりして、現在の姿に近づいてくる。

広島三郎 2008『山が楽しくなる地形と地学』山と渓谷社

日本列島のはじまりは、1億数千年前にまでさかのぼる。
南米に近い東太平洋で生まれたプレートがどんどんやってきて海溝で潜りこんだ。そして、できかけていたアジア大陸のふちにくっついた付加体が我らが日本列島のはじまりである。

さて、そんな日本列島についてある外国人がこんなふうに述べている。

現在の日本を表面的に記述するのは簡単である。
豊かな緑に覆われた山地が国土の大半を占め、
低地は肥沃で人口密度が高い島国である。

しかし、その下には極めて複雑な地形学的特徴が隠されている。
地質学的作用と地理的位置という二大要因が相互に作用しあった結果である。
両者は日本列島の物質的組成、地形、気候、生物相、そして最近の数千年は人間の歴史を形作ってきた。

日本人の歴史的経験は基本的に列島の地形によって形成されてきたが、その地形は列島の地質学的経験の産物である。

コンラッド・タットマン著 黒沢令子訳 2018『日本人はどのように自然と関わってきたのかー日本列島誕生から現代まで』築地書館


タットマンの言う列島の地質学的経験を知りたいと思う。
以前の記事でも引用している下記書籍より詳細を引用する。

日本列島の地質学的経験について

【本記事で使われる略号・記号】

Ma;現在から100万年単位の年数 1Ma=100万年前
My;100万年単位の時間の長さ 1My=100万年間

日本列島の基盤
1)大陸縁辺の時代と岩石
日本列島はユーラシア大陸の縁辺にあった時期に形成された岩石や地層群と、日本が島弧となり大陸との間に日本海などの縁海が出現してからの岩石や地層群に分けることができる。

島弧になる前の岩石や地層群は、基盤岩類という呼び名で一括されることが多い。それは主として海洋プレートの表面に堆積した海底堆積物や、それを起源とする変成岩類で、その海底地殻や表面の堆積物は、海のプレートが大陸の下に沈み込むときに大陸の前面に帯状に取り残されたものである。なお、基盤岩類にはこれらに貫入した花崗岩類も含める。

一方、日本が島弧となりはじめた第三紀中新世(25Ma)以後の構成物は、新しい縁海の出現と関連する海成堆積物や火山噴出物、および列島上または周辺で今も堆積しつつある地層群などである。

2)西南日本の列島基盤
西南日本の基盤岩類は10をこす帯に区分されている。1つの帯は堆積年代がほぼ同じで似たような岩石からなる。各帯は互いに平行にほぼ島弧の方向に並んでいる。
各帯の年代は概して日本海側が古く、フィリピン海側にむかって新しい。

西南日本で最も古く、最も大陸側に分布するのが飛騨帯と隠岐帯である。両者は先カンブリア時代の大陸基盤と考えられていて、飛騨帯は中国大陸北部から朝鮮半島に分布する中朝地塊に続き、隠岐帯は中国大陸南部の揚子地塊に続くとされている。この南側にあって、関東地方東部から九州中部、琉球列島にまで列島の大部分を占めて続く堆積岩類は、堆積年代と付加年代の組み合わせから3グループに大別できる。

①古生代中後期の堆積物が古生代末~三畳紀初期に付加した部分
 (蓮華帯・飛騨外縁帯・三郡帯・秋吉帯・舞鶴帯)

②列島の中央部を占め、三畳紀層・ジュラ紀層がジュラ紀後期に付加した部分
 (北から、美濃‐丹波帯・領家帯・三波川帯・秩父帯)

③白亜紀層・古第三紀層が白亜紀~新第三紀に付加した部分
 (四万十帯)

このうち最も広く分布するのが②である。

活断層として注目され地形的にも重要な境界をなす中央構造線は、領家・三波川の2変成帯が接する断層である。

2)関東以北の列島基盤
西南日本の帯状構造はフォッサマグナの西縁、糸魚川ー静岡構造線のところで露出は断たれるが、その先は関東山地から関東平野の地下につづき、関東平野南部の地下には西南日本を構成する主要な地帯がそろっている。

西南日本の帯状配列は濃尾平野ー富山平野の線より東側で大きく屈曲し、赤石山地ではほぼ南北に、関東山地から関東平野の地下では北西ー南東に続き、「八」の字型に曲がっている。
従来は棚倉構造線(図のTTL)をもって西南日本と東北日本の境界とする意見が有力だった。しかし、高橋(2006)などによると、西南日本のような基盤岩類の帯状構造は、関東平野の中央付近を通る北西ー南東方向の線(利根川構造線)を境に見られなくなるという。高橋(2006)は、この線が中新世の日本海拡大時に西南日本と東北日本の境界であったと考えている。

棚倉構造線より北東側には、新第三紀層の下に花崗岩類(阿武隈帯)が点々と続いて広く分布し、東北日本内弧側の基盤を構成している。

太平洋側の阿武隈山地と北上山地のうち、阿武隈山地東縁域と北上山地南部とは一連の地帯とされ、南部北上帯と呼ばれる。ここには、オルドビス紀~デボン紀の浅海成層、石炭紀・ペルム紀の礁性石灰岩や中生代の浅海成層が広く分布する。日本の他地域の中・古生層は主として深海堆積物かタービダイトであるが、南部北上帯のものは大陸縁辺の浅海性堆積物で、両者は著しく違う。このことやその化石群の内容から、南部北上帯が他所から移動してきた異地性地塊であるとされるが、どこからきたかについては意見の対立がある。

北上山地北部から渡島半島、北海道の西半部は、東北日本の続きで、三畳紀~ジュラ紀のチャート・塩基性火山岩とジュラ紀のタービダイトを主とする付加体である。北海道の中央部には、日高山脈、夕張山地、およびその北の延長である天塩山地などが南北に延びて、北海道の中軸山地をなしている。これらの山地の西半部は東北日本の続きで、ジュラ紀~白亜紀の付加体が高圧型の神居古潭変成帯を伴って南北に続く。

北海道東部は北東に続く千島弧の一部で、中軸山地のところで千島弧が東から東北日本弧に衝突してのりあげ、島弧の地殻断面が地表に露出して「日高帯」を造っていると考えられている。日高帯は低圧高温型変成岩を主とする地帯で、西縁に沿って地殻中部でできた変成岩が露出し、東に向かって変成度の低い地殻浅所の岩石となる。日高帯の変成岩や花崗岩類は、古第三紀末~新第三紀初頭の放射年代を示す。

※高橋(2006)とは高橋雅紀(2006)日本海拡大時の東北日本弧と西南日本弧の境界.地質学雑誌, 112, 14-32

太田陽子ほか 2010 『日本列島の地形学』東京大学出版 

上記引用は、地形学・地質学の大家による日本列島の学術的紹介である。
分かりやすくするためにデザイナーに依頼し、カラーで表現してもらった。
それが下図である。

とても多様な構成要素があり、規則性も感じられるのではないだろうか。
船のような記号はそれぞれのプレートが1年にどれくらい動いているかを表現している。
日本海溝に向かってきているプレートが1年に約10㎝も動いていることに驚く。

太田陽子ほか 2010 『日本列島の地形学』東京大学出版 図を加筆修正

次に、西南日本の断面だけを抜き出したものが下図である。
向かって左側が日本海側、右側が太平洋側である。
上記引用部分に出てきた3つのグループが確認できるだろうか。

改めて3つのグループを書き出しておこう。

  • 古生代中後期の堆積物が古生代末~三畳紀初期に付加した部分
    (蓮華帯・飛騨外縁帯・三郡帯・秋吉帯・舞鶴帯)
  • 列島の中央部を占め、三畳紀層・ジュラ紀層がジュラ紀後期に付加した部分
    (北から、美濃‐丹波帯・領家帯・三波川帯・秩父帯)
  • 白亜紀層・古第三紀層が白亜紀~新第三紀に付加した部分
    (四万十帯)
太田陽子ほか 2010 『日本列島の地形学』東京大学出版 図を加筆修正

アジア大陸のふちに、もぐりこんだプレートにより付加されていく様子がおわかりいただけただろうか。

地形の編年史

地形のなりたちを時代ごとに分類することを「年を編む」と書いて編年という。
地形と環境の編年は、日本列島のなりたちを追ううえで重要な考え方である。
少しご紹介しよう。

地形と環境の編年
地形は環境が変化するのに伴って形成され、変化してきた。
対象とする地形の単位の大きさにより新旧や形成期間は異なるので、変遷史を編む方法は異なる。
日本列島やそれを構成する島弧といった大地形、あるいは山脈や盆地(平野)などの中地形の場合は、鮮新世以前にまでさかのぼって考察しなければならない。一方、台地、丘陵、海岸や河川地形などの小地形の場合には第四紀に限定して形成史を論じることができる。

日本列島は起伏の多い島国である。その起伏の大部分は、島弧時代の日本列島において最近の数百万年間(ほぼ鮮新世以降)に成長したものである。

日本列島の山地・盆地は主に第四紀に成長してきた。一般に動きをとらえるには、目印になるもの(変位基準)が必要である。各変位基準には、それぞれその年齢(生成時代)がある。日本の山地・低地の成長・分化の把握にもっとも広く用いられている変位基準は、準平原あるいは小起伏の地形である。この地形面は海面に近い低位置に生じた巨視的な意味での平坦面である。それが現在様々な高度に分布しているとしたら、それはその平坦面形成以後の隆起・沈降を表している。海岸付近では海成段丘の旧汀線を変位基準として土地の上下変動を知ることができる。内陸地域では河谷の系統的な屈曲地形や河成段丘面の現河床からの比高の分布も用いられている。

変位地形の形成速度
変位基準の変位量とその変位基準の形成年代とを用いて、その変位基準が生じてから現在までの変位の平均速度を求めることができる。たとえば、淡路島北部の野島断層では約2万年前に生じた段丘が現在約20m右ずれしている(水野ほか、1990)ので、この期間における野島断層の平均変位速度はおよそ1㎜/年である。

日本内陸では第四紀後期の変位速度は、大きくてもmm/年の桁である。年あたりmmという値は、活断層の変位だけでなく、山地の隆起速度でも活褶曲の成長速度でも盆地底の沈降速度でも知られている。(Kaizuka, 1967)。つまり日本の第四紀はmm/年の地殻変形が進行している時代である。
その速さはそれ以前の第三紀の変動に比べてきわめて高速である。しかしこの速度は、日本列島の前面で沈み込む海のプレートの現在の移動速度、すなわち沈み込むプレート境界断層の変位速度(数cm/年)に比べれば1桁小さい。

累積変位量と日本の地形の起源
日本列島内で第四紀に進行している地殻の動きは一方的であり、変位の量は時間とともに累積している。しかし、その累積した変位の総量は数㎞程度である。たとえば中部地方の代表的活断層である阿寺断層で7-9㎞、糸魚川ー静岡構造線の左ずれは約12㎞とされているが、それが日本内陸での既知活断層のずれ量の最大である。これらの日本内陸活断層の累積変位量は、米国のサンアンドレアス断層の変位量500㎞、ニュージーランドのアルパイン断層の450㎞に比べてけた違いに小さい。

現在の日本列島は、高い山地とその間の低平な平野・盆地が複雑に分布する大起伏の地形で特徴づけられる。日本各地の山地頂部には周囲に比べて著しく平坦な小起伏の地形が残されていることがある。この地形は面上に見られる堆積物から見て、白亜紀後期ごろから新第三紀ごろまでの長期にわたって変動が少なく、ゆっくりした侵食で形成された準平原の残片であると考えられる。
この日本の原地形であった大陸的な小起伏地形は、海面近くで形成されたものが、いまは標高数百mから1000mもの高所に残されている。この日本列島の骨格をつくる地形の起伏は、場所によって多少の違いはあるが、おおよそ中新世末~鮮新世はじめごろ(6-5Ma)からはじまった地殻変動によって出現したもので、鮮新世のうちは緩やかであったが、更新世中期ごろから変位速度が桁違いに大きくなり、大起伏の地形をもたらしたらしい。

※Kaizuka, 1967 とは、Kaizuka, S. (1967) Rate of folding in the Quaternary and the present. Geogr. Rept., Tokyo Metropol. Univ., 2, 1-10

※水野ほか、1990 とは、水野清秀・服部仁・寒川旭・高橋浩(1990)明石地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1地質図幅).地質調査所,90P.

太田陽子ほか 2010 『日本列島の地形学』東京大学出版

地形や地質を知る方法


テレビ番組や書籍などで日本列島の地形や地質を扱うものが多くみられるようになり、専門家でなくても日本列島のおいたちや地形に興味をもつ方が多くなってきている。災害が生じるたびに地形を知ることの重要性が再認識されてきたように感じる。

大事なことは現代を生きる今、目の前の地形が、どのようにしてできたのか、どのような特徴があるのかを検討するような体験をくりかえすことだ。現在では地形分類図や地質図など基礎的な資料も蓄積が進んでいる。興味さえあればいくらでも1次資料へアクセスできる。ぜひ、興味を持たれたら下記アーカイブを参考に調べてみてほしい。

図名縮尺刊行整備状況
地質図産総研:国内の地質図を誰もが簡単に利用できるウェブサイトを提供 (aist.go.jp)

地理院地図に地質図を重ねる
地理空間情報ライブラリ地球科学 | 地理空間情報ライブラリー (gsi.go.jp)
地理院地図
(様々な地図を重ねて表示できる)
地理院地図の使い方
土地条件図1/25,000国土地理院152面
沿岸海域土地条件図1/25,000国土地理院74面
火山土地条件図1/10,000~50,000国土地理院16面
治水地形分類図1/25,000国土地理院104水系854面
都市圏活断層図1/25,000国土地理院176面
土地分類基本調査
[地形分類図]
1/50,000
1/500,000
国土交通省
国土政策局
都道府県単位で
整備
地すべり地形分布図1/50,000防災科学技術研究所全60集
様々な地図

まとめ

地形のなりたちや、地質を知ると、我々がどのような場所に都市を形成しているのかがよく理解できるようになるとおもう。なぜ河川氾濫域に人が密集して暮らしているのか、なぜ地すべり地域に暮らしているのか、そのような疑問が自然とわくはずである。

防災意識は日ごろからはぐくむものであり、起きてからでは遅い。
我々の住む日本列島がどのような形成史を持っているのかを知ることは己の命にかかわることである。
是非、興味を持って知ってほしい。

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